自由とは一体何なのか

最近よく考える事は、インターネット上だろうが何だろうが論理的な正しさを求める風潮とそれがもたらす弊害についてだ。
そのテーマにそって思考を巡らすと、論理的な正しさの追求というよりも「自由への希求」こそ人間が人間らしく生きてゆくためには必要…というか、現代の生活をつつがなく送るために本当は必要なものなのに、この国の現状で全く持って足りていない考え方なのではないか、という疑問が浮かび上がってくる。

現行の日本という国家に合理性も、その土台になるべき論理性も存在し得ているのかという謎もそれはそれで存在するが、なればこそ合理性を追求すべきという事になってしまうのも仏造って魂入れずというか、本当に求めるべきものが何なのかに対する考慮の無さが甚だしいような気がする。

もちろんそこで求めるべきものなんか人それぞれな上にその状況に依存している訳で千差万別なんだろうけど、大まかにくくれば「自由であるべし」というテーマは割と忘れられがちなのではないだろうか。

人はなんのために働くのか。金を稼ぐのはどういう理由なのか。大概の人間にとって、賃金は自由にならない金なんではないかと思う。生きるために使ったり、今後生きるために貯めておいたりするものだ。もし自由が約束されているとして、


なんか纏まってないので続きは気が向いたら書く